今日のピックアップNYT記事:MAHA Is No Longer Useful to Trump
アメリカにとって、「国民の健康」とは何なのか。 MAHA(Make America Healthy Again = アメリカを再び健康に)をテーマにした対談を紹介します。
この対談で語られている「MAHA」とは、Robert F. Kennedy Jr. を中心に形成された健康・ウェルネス系の政治運動です。MAGAと共闘する反ワクチン運動のイメージがありますが、この対談では、健康不安、制度不信、ウェルネス市場、陰謀論、ポピュリズムが混ざり合った、非常に矛盾した連合体として説明されています。
社会学者の Tressie McMillan Cottom は、MAHAの不満はある程度正当であると指摘します。高額医療、地域格差、環境汚染への不安など、MAHAの背景にある問題自体は現実的です。しかしその不満が、ウェルネス系インフルエンサーや「国が隠している真実を暴く」という陰謀論的メッセージと結びつき、「個人の選択こそが真実」という方向へ流れていったと分析します。
一方、ジャーナリストの David Wallace-Wells は、MAHAを「都合よく作られたフィクション」に近いと見ています。彼によれば、この運動は「医療は規制されすぎだ」という人々と、「むしろ規制が足りない」という人々を同時に抱えており、強硬にワクチンに反対する人と、怪しい未承認薬を平気で自己注射する人が共存している。つまり思想的に一貫した運動ではなく、「反エスタブリッシュメント感情」だけでつながっている脆い連合だと分析しています。
コロナ禍以降、アメリカ人の制度不信や不安は増大し、MAHAはその感情を利用して巨大な物語を作ることには成功しました。しかし実際に公衆衛生政策を作ろうとすると、内部の矛盾が噴出する。陰謀論的思考は「敵がいる」という感情では団結できても、現実的な合意形成には向いていません。
トランプ政権下で、公衆衛生機関の専門知や制度基盤が弱体化した結果、アメリカは新たな感染症リスクに対して非常に脆弱になっていると二人は警告します。「みんなを守る」という公衆衛生の思想ではなく、「個人が自分のリスクを管理すべき」という発想の危うさが指摘されています。
最終的に対談は、「MAHAの支持者が抱える不安自体は本物だが、MAHAはその問題を解決できない」という結論へ向かいます。トランプにとってMAHAは、一時的には反制度感情を煽って支持を集めるのに便利だった。しかし長期的には、内部対立だらけで、実際の政策能力もなく、支持者に実利を与えられない。つまり、「怒りを動員する道具」としては使えても、「統治のための運動」としては、MAHAはトランプ政権にとっての有用性を失いつつある、というのがこの対談の核心です。
公衆衛生が弱肉強食思想に乗っ取られる国
対談の中で、何度か Social Darwinism (社会ダーウィニズム)という言葉が出てきます。特にRFK Jr. 周辺の男性的ウェルネス文化は、「強い者が勝つ」という価値観が根底にあるようです。
RFK Jr. に「男性の健康」政策を任せると、「もっと自由にテストステロン(男性ホルモン)を打てるようにする」方向に行くようです。一方、女性的なMAHA心理はというと、「制度は信用できない、母親がちゃんと子供の健康管理をせねば」という圧力で動いている。
方向性は違っても、最終的には「俺だけは生き残るぞ」「自分の子だけは守るぞ」というリスク管理の個人化に向かっていきます。社会全体の病人を減らすのではなく、弱者側に落ちたくない人の心意気に寄り添う、それがMAHA。
元々、アメリカには歴史的に国家不信&自己責任の伝統があります。本来なら、コロナ禍に学んで「次はどうやって社会全体を守るか」を議論しても良さそうなものですが、アメリカでは「自分を最適化して生き残る」に針が振れてしまう。
民主党は公衆衛生政策を提示できるのか
対談では、民主党も将来的には「もうロックダウンやマスク義務化みたいなのはやりません」という方向に逃げるのではないか、という懸念が指摘されています。コロナ禍の公衆衛生政策では、「めちゃくちゃ国民に嫌われた」という物語ができてしまった、だから次はもっと軽く行こう、と。
実際の調査によると、国民の7~8割は「あのときの措置は必要だった」と感じているのに、音量最大の「怒りの声」が国民の総意のように記憶されてしまうのが、SNS時代の政治。
民主党は、トランプ主義が公衆衛生を脅かすことは説明できても、それでは共同体の健康や医療をめぐる制度はどう再建していくべきなのか、という「ポジティブな物語」を語れていません。
公的制度よりも、ウェルネス系インフルエンサーや「自分で調べた情報」を信頼するようになった人々から、信頼を取り戻すにはどうしたら良いのか?
この対談で面白いのは、民主党のビジョンのなさをボロクソに批判しながら、「2029年には民主党大統領になるだろう」と、断言している点です。現政権への幻滅が、ビジョンのあるなしに関わらず政権交代につながるという、二大政党政治の振り子現象でしょうか。
制度不信が強い社会で政治に求められるものは、究極的には「自分たちの好きにさせろ」。これを自由という美しい言葉で語る国では、信用に値する制度が構築できるはずもなく、「信じられない制度」の再生産が延々と続いていく。アメリカが抱えるパラドックスが見えてくる議論でした。
