今日のピックアップNYT記事:How the Manosphere Hijacks Young Men’s Interest in Science
俺的記事まとめ
数年前、飛行機の中で、20代半ばの男性が隣に座った。彼は私が読んでいた天体生物学の本を見て、「科学者なんですか?僕、科学が大好きなんです」と目を輝かせた。彼はジョー・ローガンのポッドキャストなどで量子力学やブラックホール、古代宇宙人の話を聞いているという。
「ああいう番組には、科学的じゃない話(例:古代宇宙人)も出てくるから気をつけて」と言ったところ、「科学が時に真実を隠すっていうのは常識ですよ」と返された。
Z世代の一部に、「科学への懐疑」が広がっているが、その背景の一つが「マノスフィア」と呼ばれる男性向けネット文化だ。
ポッドキャストやYouTubeを中心とするインフルエンサーたちは、科学的テーマを扱いながらも、月面着陸否定や古代宇宙人説など陰謀論へと傾きやすい。マノスフィアは若者が科学に向ける好奇心を刺激しながら、「勝敗を競う議論」を好む男性的傾向を利用し、「科学者は体制に利用されて嘘をつく存在」と描くことが多い。こうして「科学は真実を隠している」という物語が若者の認識に刷り込まれていく。
ただしマノスフィアには、自己改善や目的意識といった若者の切実な欲求も表れている。ジョーダン・ピーターソンの人気はその象徴で、彼は責任感や誠実さを「男らしさ」と結びつけ、規律ある生活や鍛錬を勧めている。
実はこうした美徳こそ科学の本質でもある。科学は、誠実に真理を求める姿勢、誤りを認める謙虚さ、地道な努力の積み重ねによって進歩する。それはボクサーやアスリートが鍛錬を通じて強さを得る道と同じである。
現代のロケット、コンピューター、医薬品などは、陰謀論などではなく、数十年に及ぶ科学者たちの献身の結晶だ。優れた科学者は「自分の無知をどう補うか」を知っており、徹底的な検証を繰り返す。その謙虚さと粘り強さは、音楽家や登山家が技を磨く姿と変わらない。
飛行機で隣り合わせたあの若者にまた会えるなら、「ネットで語られる偽科学に気をつけて」で終わらせずに、もっと科学の面白さについて語りたい。彼が乗っている機体そのものが科学の努力の結晶であること、相対性理論や進化論、気候物理学の壮大さがいかに魅力的か。ニセモノの物語ではなく、科学の誠実さと謙虚さに基づく「本物の冒険」に足を踏み入れれば、その美しさに取り憑かれるはず。
俺的コメント
今更ですが「ビッグバン・セオリー」をシーズン1から見ています。2007年に始まったアメリカのドラマ、モテない理系オタク男子たちのコメディです。2007年といえばツイッターが生まれた頃。文化戦争前夜のアメリカは、まだ平和だった…理系オタク界隈に、政治の匂いは漂っていませんでした。
「ビッグバン」のハワードが連発するセクハラジョークは、#MeTooの時代を経てタブーになり、その後アメリカは「フェミニズムが男性を弱くした」「男性の権利が奪われている」と右傾化していきます。左派政治全盛期からポピュリズムへと移行する中、マッチョとオタクの奇妙な融合が発生し、「マノスフィア」なるネット文化圏が発生。「男文化」に右翼っぽい匂いがたちこめるようになります。
風見鶏ザッカーバーグが格闘技を始め、ローガンのポッドキャストに出たりしているのは、時代の移り変わりをよく表しています。男の子が好きな「科学の話題」も「マノスフィア」にハイジャックされ、分断の政治に利用されるように。
著者のような科学者にとっては、「ニセモノ科学」が科学のフリをして若者を取り込み、極右の陰謀論に利用される傾向は、腹が立つ現象でありましょう。面白いのは、科学のあるべき姿を思い出させてくれる存在としてジョーダン・ピーターソンの名前が上がっていること。保守的な発言で有名な学者さんですね。本人は古典的リベラルを名乗るけれど、世間では右翼扱いされがちな方です。
こうして右と左の分断はごった煮になり、社会は均衡を取り戻していくのかな?と希望を持ちたくなりますが、飛躍しすぎでしょうか。ジョーダン・ピーターソンの存在が面白いので、別記事にて考察します。
