今日のピックアップNYT記事:How Higher Education Can Win Back America
俺的記事まとめ
「反エリート感情」は、アメリカの文化に深く根ざしている。1813年、トーマス・ジェファーソンは、出自や富に基づく特権階級の存在は政府とって有害であり、人徳も才能もないエリート層の台頭を防ぐべし、としている。
ジェファーソンはじめ建国の父たちは、世襲の既得権益ではなく才能を持つ者が国の指導者になるべきであり、そのためには教育が重要であると考えた。ジェファーソンは、大学を創設するにあたり、野心と知性を備えた学生を「掃き溜め」の中から引き上げることを目的のひとつして挙げている。
アメリカは教育により立身出世が実現できる社会として建国され、19世紀から20世紀を通じて、多くの移民が高等教育を受け経済的な成功を収める夢を追い続けた。
現在、アメリカの大学教育は、建国の父が目指した方向と真逆になっていると批判される。エリート校に入学する学生の大部分は、幼児期から教育に潤沢な金をかけられる裕福な家庭の出身であり、富める者だけが社会的に優位な地位を確保できるシステムが出来上がっている。アメリカで経済的に下から2割の層に属する学生の数は、エリート校学生全体の5%にすぎず、この割合は過去100年ほど変わっていない。
こうした状況は変えることができるはずだ。大学教育が豊かな人生を送るための条件である必要はなく、4年制大学の他にも短大や職業訓練や見習い制度など、さまざまな方法で万人が教育を受ける機会が与えられて然るべきだろう。
エリート家庭の子供は、家庭教師を雇い、私立校や履歴書映えする課外活動に金を出せる親のおかげで、自分を有利に見せる術を身につけている。大学側は、従来的な能力評価を超えた場所に、隠れた才能を探してみてはどうだろうか。
ある大学では、人文学のイニシアチブとして底辺校の高校生をキャンパスに招き、人生の目的や市民の義務といった哲学的命題について学ぶ機会を提供している。こうした限られた接触からでも、一流大学が求める創造性やリサーチ能力に長けた学生を、より多様な層から発掘することができる。
また、貧困層の子供が通う高校で大学の授業を体験する機会を提供している団体もある。私自身、このイニシアチブに参加し、「モダンとポストモダン」の授業を担当したが、学びに無限の可能性があることに初めて気づいた高校生たちの熱心さを目の当たりにした。
良質な高等教育は、人生を変える道を開く。生まれ落ちた階層から身動きがとれないような社会では、立憲民主主義は機能しない。教育が今でも不平等を是正する強力なツールであることに変わりはない。我々は、建国の父たちと同じように、「反エリート感情」を持ちながらも、「反教育」に陥ることなく、生まれや親の学歴に関わらず万人が人生を切り開ける道を作っていかなければならない。
俺的コメント
記事の真ん中あたりで一瞬だけ「大学教育が良い人生の必要条件でなくてもいいはず」と言っている割には、大学の話に終始している説得力のない記事でした。職業訓練の話はいずこへ?
金持ちの子供しか行けないエリート大学は、掃き溜めの鶴を見つける努力をもっとすべき?正論すぎて「左様でございますね」としか言えません。で、学ぶ喜びに目覚めた掃き溜めの鶴が例えばポストモダニズムを勉強したら、明るい未来が約束されるのでしょうか。知的職業が環境破壊と同じくらいのスピードで消滅していく中ですね、賢く学ぶ気のある子を発掘して輝かせてあげましょう、それが社会の不平等を是正する道なのです、終わっているご意見はキレイゴトすぎませんかね。
反エリート感情と教育について語るならば、「お勉強が嫌いな(できない)人たち」についてもっと目を向けねばでしょう。だいたい、建国の父の時代から、学のない層を「掃き溜め」と表現してるとこがもうダメじゃん?それこそヨーロッパの支配階級の発想じゃないですか?旧世界の封建制度に辟易して自由の国を作りたかったのはわかりますけど、結局は能力のある人が「身分が上」になって当然っていう社会だよねアメリカ?世襲で支配階級になるのはダメだけど能力があれば支配階級になっても良いのはなぜ?
2024年、「学のない人たちが大好き」という人物を大統領に選んだ人々が、一体なぜ「エリート」に怒っているのか。ちくしょうてめえらだけ学問しやがって!俺たちも大学で学ばせろ、ですか?そんなわけないし。いまどきの庶民の恨み節に対して「能力がないなら勉強すればいいじゃない」は結構なマリーアントワネット発言ではないでしょうか。
