今日のピックアップNYT記事:Boys Get Everything, Except the Thing That’s Most Worth Having
俺的記事まとめ
20歳大学生。自由時間のすべてをオンラインで過ごしている。ゲームをしたりアダルト動画を見たり、学校の授業以外は家から出ない。あるネットコミュニティで、寂しくて鬱だという男の子とボイスチャットで話すことがあった。1時間ほど話し、元気出せよ、と励ました。その後、同じように孤独に悩んでいるネット住人と話をするようになった。非公式のセラピストとして知られるようになり、自殺願望がある200人ほどの人と話をした。女性も男性もいたけれど、一番孤独を感じているのは、少年たちだった。
今時の男の子を取り巻く環境は、孤独という言葉に集約される。男がメンタルの弱さを見せてはならない、という昔ながらのタブーに加え、誰もがスクリーン中毒に犯された文化戦争真っ只中のアメリカには、新たな問題が少年たちを蝕んでいる。
#MeToo運動の最盛期に思春期を迎えた世代は、対面で人と関わることを避け「バーチャル」で事が足りるデジタル時代というだけでなく、「男性という毒」を糾弾する文化の中で多感な時期を過ごしている。
近年のアメリカ社会は、旧弊なステレオタイプと男性優位の社会構造を切り崩そうとしてきた。この戦いは、男性だけに課せられるプレッシャーと規範を解体し、男性の心を解放する機会となるべきだった。実際にはまったくの逆効果となり、男性がますます殻に閉じこもる結果になった。
泣いている息子に対して、右翼的な親ならば「男のくせに泣くな」と言い、左翼的な親ならば「女の子の方が大変なのに泣くな」と言う。両者のモラルは違えど、泣いている男の子にとっては同じことだ。どちら側からも「黙れ」と言われるのだから。
ある調べによると、30歳以下の男性の25%以上は、親しい友達がいないという。ティーンの男の子は、女の子に比べて社交に費やす時間が週あたり2時間少なく、スクリーンを見て過ごす時間は7時間多い。
4歳児と親の関わりを調べた研究によると、親は女児に対しては子供の気持ちについて話す時間が多く、男児とは乱暴な遊びをする時間の方が長い。男児と話すときは、気持ちを表す言葉よりも、勝ち負けや競争についての言葉が多用される。
既存のしくみの中では、男性だけが全てを手に入れていると思われがちだが、男の子に対しては甘やかしとネグレクトが複雑に混じり合い、「人間的なつながり」という最も大切なものが与えられていない。社会正義の名のもとに男性以外のジェンダーを優先して男子を黙らせることは、この問題を助長し、男性をさらに孤独な状況に押し込めることになるだろう。健全な社会性と情緒を持つ男の子を育てるには、男性という性を罰するのではなく寛容なアプローチをとるべき。
俺的コメント
「男性という毒を糾弾する社会」とありますが、毒は叩けば叩くほどパワーアップするようです。男性優位構造を解体する勢力と、優位性を奪われた男性の恨み節が激突する社会で、男の子をどう育てるべきなのか?しかも、パワーアップした毒が排出されるネットの世界は、寂しい少年たちとの親和性が高いときたもんだ。
しかし希望はあります。この記事で感動したのは、ゲームとアダルト動画鑑賞の日々を送るオタク青年が、200人もの自殺願望者を癒したという事実。女性蔑視サイトで毒を待ち散らすミソジニストがいるかと思えば、寂しい少年たちを癒す若きネット聖人がいる。インターネットは懐が深い。
日本のジェンダーギャップは世界ランキングでビリから数えた方が早いそうで、「女の子のほうが大変なんだから男の子が泣くな」というアメリカンサヨクの教えはピンとこないかもですね。ランキングの低さは恥ではあるものの、これから上昇を目指すという立ち位置には、先進国の過ちに学べるという利点があります。では、アメリカの失敗に何を学ぶべきか?おじさんたちを叩きすぎてはいけません。おじさんに優しい社会が心優しい少年を育てるでしょう。
