3分で読めるNYタイムズ記事まとめ

俺的アンテナに引っかかったニューヨークタイムズの面白記事を、個人的な感想と共に日本語で紹介しています。記事翻訳ではありません!


西側世界の敗北:エマニュエル・トッドの言葉

今日のピックアップNYT記事:This Prophetic Academic Now Foresees the West’s Defeat

バイデン大統領は、一般教書演説において、プーチンの野望がウクライナ侵攻で終わることはないと断言し、ヨーロッパが危機的状況にある中、スウェーデンのNATO加盟を歓迎する意を表した。一方で、アメリカの兵士がヨーロッパの防衛に駆り出されることはないと強調。ホワイトハウス報道官も、地上部隊の派遣は検討しないと明言している。

スウェーデンのクリスターソン首相は、さぞかし面食らったことだろう。スウェーデンのような新メンバーをNATOに加盟するのは、今後ロシアのさらなる侵攻が実際に懸念されているからだ。ならば、地上戦はアメリカのオプションであって然るべきではないのか。

ロシア・ウクライナ戦争では、今こそ本領を発揮すべきNATOの参画が極めて曖昧になっている。ヨーロッパ諸国はアメリカに不信感を抱き、アメリカはその不信感を払拭する努力はしていない。また、20年前のイラク戦争でアメリカが見せた威力も影を潜めている。

アメリカのリーダーシップは破綻している。これが、1月からフランスでベストセラーになっているエマニュエル・トッドの新刊の論点だ。歴史学者・人類学者である著者は、乳児死亡率の統計をもとにソ連崩壊を予言した学者として知られている。時事問題に関するこれまでの彼の著作は、ヨーロッパでは予言の書として捉えられている。トッドは2002年の著書でアメリカ的秩序の崩壊を予測しているが、同書はイラク戦争の直前、アメリカの結束が最も強かった時期に出版されている。

ウクライナに対するアメリカの関与については、ジョン・ミアシャイマーによる批判がよく知られているが、トッドもクリントン・ブッシュ時代のNATO拡大路線とウクライナへの関与を批判している。トッドの米国批判はミアシャイマーのそれよりも深く、アメリカ帝国主義は世界を危険に晒しただけでなく、アメリカ自体を蝕んだという。

昨年、トッドはあるインタビューで、ロシアという強国に対するウクライナの善戦ばかりが取り上げられ、もう一つのサプライズが軽視されていると述べた。そのサプライズとは、経済制裁に対するロシアの耐性だ。アメリカと欧州同盟国の製造業ベースでは、ウクライナの支援に十分ではないことが露呈し、ウクライナを勝たせるどころか、戦局を安定させることすら危ぶまれる。

アメリカという国は、外交上の約束を果たせるだけの方策を持たなくなったのだ。2017年の時点で、オバマはバイデンに「ウクライナ政府に過大な約束をするな」とアドバイスしているが、その理由が明らかになった。

アメリカのグローバル経済移行は間違いだったとトッドは主張する。繁栄がもたらす長期的な文化の変容に目を向けると、たとえば教育の衰退が挙げられる。教育程度の高い国ほど人々は「管理する立場」の仕事につこうとし、「管理する立場」の人間が知的に高度なことを学ぶ必要はない。現在アメリカが産みだすエンジニアの数はロシアよりも少なく、これは人口比だけではく絶対数でもそうである。内部的な「頭脳流出」が進み、若者は高いスキルを身につけ付加価値を生み出す仕事から、弁護士や金融など経済まわりの価値を動かすだけの仕事を志向するようになっている。教育の進歩が、教育を重んじるものの消滅をもたらしたという矛盾をトッドは指摘する。

産業ベースを国外にアウトソースするグローバル経済は、単なる愚策というだけではない。アメリカは世界を搾取して利益を吸い上げ、同時に自由主義の価値観を世界に拡散する。その価値観は主に普遍的な人権という概念で表されるが、家族人類学の専門家であるトッドは、アメリカが拡散する価値観は、アメリカ人が思っているほど普遍的ではないという。アメリカが信奉するようになった性とジェンダーについての先進的なモデルも、より父権が強い伝統的な価値観を持つ文化とは相容れない。無神論が共産主義への傾倒を阻んだように、あまりにも先進的な価値観を持つ国との同盟は敬遠される。

トッドは人類学者らしく倫理的価値観を批判する立場はとらないが、知性の欠如には手厳しく、ウクライナ戦争において事実と願望を見分けられないアメリカを批判している。開戦まもない頃、アメリカは中国がロシア制裁に参加するだろうと思っていた。いつの日か自分達に向けられるかもしれないアメリカの戦力強化に中国が協力するとでも?都合の良い夢を見過ぎだとトッドは呆れている。

プーチンが西側諸国にとって脅威であることには変わりはないだろう。しかし、西側諸国の秩序に対するより大きな脅威は、その秩序を司る者の傲慢さである。

価値観に基づく戦いは、良き価値観を必要とする。少なくとも、世界に拡散されるべき価値観とは何なのか、合意が必要だ。アメリカは今、国として合意すべき価値観をめぐって激しく意見が割れた状態にあり、分裂の深刻さは南北戦争前夜に勝るかもしれない。国の原則というものがすでに失われ、二大政党の原則しかなく、互いに敵対政党は為政ではなく国の乗っ取りを目論んでいると考えている。

現在のアメリカは、外国に何かを約束できるほど安定した状態にもなければ結束力もない。バイデン大統領が外交上の約束を口にするとしたら、それは誤解を招く行為となる。ウクライナは、あまりにも高い勉強代を払ってその事実を学んでいる。

俺的コメント

アメリカ主導のグローバル秩序が終焉を迎えるという話。

最近、MAGAの怒りをまとめた一節を耳にしました。日本も含めて西側諸国は第二次大戦の終結以来、アメリカのおかげで自由と民主主義を謳歌し豊かに肥え太り人権と平和はタダみたいな世の中に生きてきたけれど、今後そうはいかなくなる。アメリカに頼りきってるくせにアメリカの悪口を言い、アメリカにたかるのが当然の権利みたいな顔をしている諸外国の面倒はもう見ないから、自分のアタマのハエは自分で追うが良い。つまりこれがMAGAの怒りの正体である、という説に「なるほど」と思いました。

なぜその怒りが全体主義やら人種差別やらとセットになってしまうのか理解できなかったのですが、この記事にある「アメリカの価値観はアメリカそのものを蝕んだ」という一言にヒントがありそうです。MAGAムーブメントは、帝国主義が終わる時期の膿出しみたいなものかもしれない。

グローバル経済でさんざ弱小国を搾取した大国は集られて当然といえば当然なのだけど、一方で国内の製造業なりオネスト・ジョブ(堅実な仕事)を支えてきた国民は、グローバル化のせいで負け組に転落し、ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)に携わる者が勝ち組になる社会。そりゃ怒りたくもなります。

「アメリカがNATOの東方拡大を進めなかったら、ロシアはウクライナを攻撃しなかったはず」という説に同意できない人は多いことでしょう。プーチンはNATOが解体されたらここぞとばかりに侵略したはずだ、という反論はおいといて、この説を有識者の見解として尊重すれば、MAGAが企てるNATOとの決別も、間違ってはいないように思えます。中国のロシア制裁参加という希望的観測がトッド先生に笑われていますが、このおめでたい発想を引き出したのは、長年正義を振りかざしてきた大国の無意識の傲慢なのでしょう。(こういうことを指摘するから人類学者は嫌われる、でもそれが人類学者の仕事ですよね!)

アメリカにたかって平和と繁栄を享受してきた自由主義国は、MAGA国家の成立に備えてどうするべきか。俺んちの地元カナダは深刻ですよ。お隣さんが独裁国家になったら、今までのように話し合って落とし所を探るという普通の外交プロセスが機能しなくなります。カナダはこの際EUに加盟するのが良いのではないか、カナダと同じくらい「地政学的ぼっち状態」になるであろう日本ともっと仲良くするべきだとか、さまざまな意見があるようです。ソースは今読んでるこれ

平和ボケの世代には、辛い時代が待っているかもしれません。これまでのほほんと良い思いをしてきたツケを払わされるのは仕方ないとして、俺らに必要なのは、極右と戦うことより、なぜ極右が怒っているのか冷静に理解を深めることかもしれない。リベラル民主主義がどこで何を間違えたのか、反省するヒントが欲しい。



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新潟出身、カナダ在住。英語 -> 日本語 クリエイティブコンテンツ周辺のお仕事を請け負っています。

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